映画『ノートルダムの鐘』あらすじ、動画を視聴する方法と配信サービスを紹介!

2023-11-06

POINT

・『ノートルダムの鐘』(1996)はディズニーの長編アニメーション映画で、原題は"The Hunchback of Notre Dame"(ノートルダムのせむし男)だが、日本では邦題が変更された。なお、続編に『ノートルダムの鐘 II』(2001)がある。
・『ノートルダムの鐘』は、小説「ノートルダム・ド・パリ」に基づいているが、ディズニー作品としてはシリアスで重いテーマが扱われており、ハッピーエンドで終わる珍しい作品に仕上がっている。
・『ノートルダムの鐘』のグラフィックや音楽の美しさは高く評価されており、ディズニー・ルネサンス期の作品として認知されてる。興行収入こそは伸び悩んだが、東京ディズニーランドや東京ディズニーシーのショーでは楽曲が使用されるなど、一部で人気がある。
ジェフリー・カッツェンバーグによるディズニー・ルネサンスの一環として、ミュージカル路線を最終作として制作されたが、カッツェンバーグは公開前にディズニーを去っている。
・『ノートルダムの鐘』制作中、マイケル・ジャクソンが楽曲提供を熱望したが、ディズニー側は彼のスキャンダルの懸念から拒否。アラン・メンケンのマネージャーが交渉を行った。
・『ノートルダムの鐘』には、『美女と野獣』のベルと『ライオンキング』のプンバァがサプライズ出演し、『アラジン』の魔法の絨毯も登場する( ´艸`)
・ラヴァーンの声優を務めたメアリー・ウィックスは作品が完成前に亡くなったため、この作品が彼女の遺作となった。
・関連作:『美女と野獣』(1991)『アラジン』(1992)『ライオン・キング』(1994)

映画『ノートルダムの鐘』あらすじ

15世紀末のパリを舞台に、醜い鐘突き男カジモドと美しいジプシーの踊り子エスメラルダの優しい心を描いた、ディズニー得意のミュージカル・アニメ。醜いカジモドは彼を引き取った最高裁判事のフロローによって、ノートルダム大聖堂の鐘楼に閉じ込められて暮らしていた。だがある日、彼は下界での祭りに我慢できなくなり、抜け出し、美しいエスメラルダに出会った。彼は彼女によって舞台に上げられ、道化の王に選ばれてしまう……。
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映画『ノートルダムの鐘』予告動画

映画『ノートルダムの鐘』基本情報

邦題ノートルダムの鐘
原題The Hunchback of Notre Dame
公開年1996年
上映時間1時間30分
監督ゲイリー・トルース、デールカーク・ワイズ
キャストカジモド・・・トム・ハルス
エスメラルダ・・・デミ・ムーア、歌: ハイジ・モーレンハウアー
クロード・フロロー・・・トニー・ジェイ
フィーバス・・・ケビン・クライン
クロパン・・・ポール・カンデル
ユーゴ・・・ジェイソン・アレクサンダー
ヴィクトル・・・チャールズ・キムブロー
ラヴァーン・・・メアリー・ウィックス、ジェーン・ウィザース、歌: メアリー・スタウト
カジモドの母・・・メアリー・ケイ・バーグマン
司祭・・・デヴィッド・オグデン・スティアーズ
野蛮な兵士・・・コーリー・バートン
老囚人・・・ゲイリー・トゥルースデイル
とんまな兵士・・・ビル・ファッガーバッケ
兵士/ジプシー・・・ジム・カミングス、パトリック・ピニー
ジャリ/鳥・・・フランク・ウェルカー
アキレス・・・ボブ・バーゲン
音楽アラン・メンケン
受賞歴
制作ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ、ウォルト・ディズニー・フィーチャー・アニメーション/ブエナ・ビスタ・ピクチャーズ

関連作品

『ノートルダムの鐘 II』(2001)

『美女と野獣』(1991)

魔法によって、世にも恐ろしい姿に変えられてしまった野獣。魔法のバラが散る前に誰かを心から愛し、そして心から愛されなければ、彼は永遠に元の美しい姿に戻ることができなくなる。心を閉ざし、絶望の日々を送る野獣だったが、彼の前に美しく可憐な娘ベルが現れた時、運命は大きく動き始める。果して、愛の奇跡は起こるのだろうか・・・?
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『アラジン』(1992)

街で城から抜け出してきたジャスミン姫と出逢った貧しい青年アラジンは、ジャスミンの結婚相手に相応しい富を得るため、猿のアブーと共に魔法の洞窟に入る。煮えたぎる溶岩にまさに落ちんとする時、魔法のじゅうたんに救われる。アラジンが手に入れたランプからは魔人ジーニーが現れ、三つの願いを叶えるという。
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『ライオン・キング』(1994)

命あふれる大地プライドランドをおさめる王ムファサに、息子のシンバが誕生します。父は幼い息子に、自然界の命は大きな輪でつながっていること、歴代の王たちが空の星から見守ってくれていることを語り聞かせます。ところが王の座を狙うムファサの弟スカーの罠で、シンバは王国を追放されてしまいます。しかし旅の途中で出会う愉快な仲間たちに励まされ、やがて成長し自分の使命に目覚めていくシンバ。そして、ついにスカーとの対決を迎えるのでした。
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映画『ノートルダムの鐘』口コミ(見どころ・感想)

映画『ノートルダムの鐘』口コミ(見どころ・感想)

男性カラー05初めて観たのは小学校3年生の時でした。その時、カジモドが見世物にされるシーンを見て吐き気がして、すぐに見るのをやめてしまった記憶があります。その印象が非常に深く、長い間「ノートルダムの鐘は怖い」という考えが頭から離れませんでした。しかし、人は考えが変わるものですし、そんなに怖かった作品なのかと疑問に思うようになりました。それで再び見ることになったのは10年以上も経った後のことでした。驚くべきことに、5分も経たないうちに私は引き込まれました。オープニングテーマ「The Bells of Notre Dame」が素晴らしい世界をダイナミックに再現し、美しいアニメーションが活気に満ちていました。ディズニーキャラクターの中でも異常なほど特異な外見を持つカジモドは最初は抵抗を感じましたが、気づいたら彼は愛すべき魅力的な主人公として私の心に馴染んでいました。そして、ヒロインのエスメラルダやフィーバスなどの脇役たちはそれぞれ独自の思考を持っており、まるで現実世界で起こっている人間模様を見ているような感覚に陥ります。そして、再び見世物のシーンがやってきました。 カジモドに感情移入していただけに、胸が締め付けられるような感じがありました。しかし、この場面は迫害がはびこっている世界を表現していると同時に、ただ単に「残酷」と言い切ることができない重要な場面であることを再認識させられました。また、この作品ではフロローという最悪なキャラクターが描かれており、それが深い掘り下げを行ってくれています。彼は悪役なのですが、自らの正義を信じて動いています。「God Help The Outcasts」というエスメラルダの歌と対比をなす彼の「Hellfire」という歌には鳥肌が立ちます。彼は聖母マリアに祈りを捧げながら自身の欲望にどんどん堕落していくのです。あまり詳しく話すと、映画の内容がバレてしまう可能性があるため、詳細は記述しませんが、私は観賞中、驚くほど深いストーリーを存分に楽しむことができました。男性カラー09実際に、私は自分が瞬きをしていたのかと疑いましたほどです。私の経験上、小さなお子様はこの作品に対して怖がるかもしれませんが、それでもぜひ観てほしいと思います。この作品はおすすめです。この映画を初めて見た時、私はまだ自信がない少年でした。その時に私が思ったのは、主人公のカジモドの心が自分と重なり、「人の目を気にせず、外の世界で過ごしたい」という純粋な思いを美しく歌い上げるシーンで涙が流れたことです。この映画の冒頭では道化師のクロパンが歌っている通り、「ある男とモンスター」という物語です。主人公とヒロインが最後にくっつかないと残念だと思う人は、このことを忘れているのでしょう。確かにカジモドがエスメラルダに恋し、恋に破れる場面は見応えがありますが、これは彼の人生やこの作品における1つのエピソードに過ぎません。この映画の真の意味は、「ある男とモンスター」、つまりカジモドとフロローの物語なのです。その点で、通常のディズニー作品とは異なる特異な作品です。悪役のフロローについても、彼は超人間的な理性を求められる職務と、自身の感情との間で揺れ動き苦悩する複雑なキャラクターです。現代の価値観と15世紀のフランスの価値観は全く異なるため、フロローを悪人と見るのは現代人の傲慢な考えです。フロローもカジモドと同じように自分自身を恥じ、苦悩しています。終盤で彼が犯す凶行は目に余りますが、それは葛藤の末、力と欲に取り込まれた人間の末路と言えるでしょう。通常のディズニー作品では、悪役は「生まれつきの絶対的な悪」として描かれることが多いため、彼のようなキャラクターは非常に珍しいです。様々な意味で、大人が見るべきディズニー作品であり、もしこのような作品が再び作られることを願っています。女性カラー01 醜い容姿を持つが心は美しいジプシーの子、カジモド。 彼は自分以外の全てを悪と考える判事フロローによって育てられました。フロローはジプシーを憎み、その考えをカジモドにも教えました。しかし、美しく勇敢な女性エスメラルダが現れ、彼女にフロローも魅了されてしまいます。一方、正義を求め、自分の将来を捨てる覚悟を決めた戦士フィーバスも登場します。彼らの四人が織りなす物語は、通常のディズニー映画とは異なります。主人公が完全なヒーローではないという点が特徴です。以前のディズニー作品では、通常、最終的には予測可能で、主人公とヒロインは結ばれるものでした。しかし、この作品では最終的にはカジモドとエスメラルダは結ばれず、エスメラルダはフィーバスのもとへ逃げてしまいます。 それが感動的でした。カジモドがどれほど美しい心を持ち、彼女を愛していたかが伝わってくるからです。彼は彼女を黙って見守り、支え続けるのでしょう。しかし、最後にディズニーは私たちに教えてくれます。 「怪物とは、表面上は人間の容姿を持ちながらも、怪物の心を持つ者のことです。そんな者こそが本当の怪物なのです」と。朝のパリの街とノートルダム大聖堂の美しい描写は息をのむほど素晴らしいです。 日本語吹き替え版では劇団四季が担当し、カジモド役の石丸幹二さんの素晴らしいテノールが光ります。 吹き替え版もとても良かったと久々に感じた作品です。女性カラー03子供たちはきっと泣いてしまうでしょう。「ノートルダムの鐘」の物語の舞台は暗く陰鬱な15世紀のパリの街で、登場人物たちも多くが悲惨な状況にいます。ディズニーらしいキャラクターといえば、フィーバスの護衛隊長くらいでしょう。彼だけが通常のヒーローで、上司のフロローに立ち向かい、自ら信じる人道的な正義を貫く男らしい美男子です。一方、ヒロインのエスメラルダは黒髪の「ジプシー女」として描かれており、狂言回しのクロパンは「小人の道化」として、主人公のカジモドは出来損ないの「せむし男」として民衆から(!)笑いもので蔑まれ差別される対象となっています。具体的な描写においても抑えられている部分はありますが、それでもディズニーとは思えないほどの残酷な映像がしっかりと描かれています。この作品は、「夢の国」ではなく実際の人間の社会を描いており、子供たちに見せるべきディズニー映画のなかでも数少ない作品なのではないかと私は思います。もし大人が見るならば、この映画の圧巻は、何といっても最高裁判事フロローです。 彼は確かに残虐な悪人ですが、その背後に語れる悲劇性があるのです。フロロー自身が特別に差別的な人物だったわけではありません。ジプシーや障害者に対する偏見は15世紀当時とても珍しいものではありませんでした。フロローの場合、むしろ彼の判事としての正義感が、社会的地位に対する自負と絡み合って、「怪物」や「ジプシー女」や「卑しい民衆」といった蔑まれるべき存在に対してより強力に発揮されていたのではないかと思われます。ですから、エスメラルダに情欲を抱いてしまったのはフロロー判事にとっての不運でした。彼の感情は「彼女」を求めますが、彼の理性はそれを許容しません。フロローの無意識は彼自身を「正義の役人」としての自我を脅かす欲望を抑制してしまい、その抑制された欲望がますますエスメラルダを「邪悪な」存在、「ジプシーの女」として憎むように彼を導くのです。フロローは気づくことなく、エスメラルダの「邪悪さ」が彼自身の歪んだ心の鏡に映し出されたものであり、それが彼の「欲望」であることに気づかないのです。そして、気づいたときには既に遅く、もはやフロローは自分自身を制御することができません。彼はエスメラルダを愛人とするのか、それとも魔女として彼女を殺すのか、二つに一つを選ばなければなりません。この映画では、フロロー判事が自身の内なる苦しみを表現するシーンが見どころの一つになっています。 彼の歌声からは、悩みや罪の重みが激しく響き渡ります。「罪の炎」とも呼ばれるこのシーンは、映画全体の恐ろしさとドラマティックな要素を象徴しています。また、フロロー判事がこの物語においてこの世界の残酷さと悲劇性を代表するキャラクターとして位置づけられている一方で、ノートルダム大聖堂は聖域としての役割を果たしています。この大聖堂は私たちの「救済」を象徴する場所です。かつて、エスメラルダという美しいディズニーヒロインがこの聖堂で歌っていたのは有名であり、おそらくこれからも彼女に匹敵する美しいキャラクターは現れないでしょう。そして、ノートルダムの鐘の音が荒廃したパリの街へと響き渡るとき、その鐘を撞くカジモドはこの非情な世界における「優しさ」の象徴として見受けられます。フロローがどれほどこの世界の冷酷さを彼に教えようとしても、カジモドは優しさと憧れを失わずにいました。そして、彼が太陽の下で民衆とともにパリの街を歩くラストシーンは、私の心に静かに響いてきます。男性カラー03この映画は、パリのノートルダム大聖堂を舞台に、カジモドという若者が差別と迫害に苦しみながらも、非常に優しい心を持っていることを描いています。彼の育ての親であるフロローは冷たく偏見に満ちており、長年にわたりカジモドに「お前は醜いからここから出て行くな」と洗脳してきました。しかし、それでも彼がこんなに思いやりのある人間に成長したことは驚くべきことです。カジモドは自信に欠けていましたが、その優しい心を持って成長することができたのは、彼自身の強さによるものだと思います。物語が進むにつれ、彼はエスメラルダや他の多くの人々との関わりから勇気を持って行動するようになります。 特に、彼がエスメラルダを救った場面では、本当に強く頼もしいカジモドを感じました。彼は尊敬に値する存在です。エスメラルダと結ばれなかった理由や兵隊の良さがわからなかった部分もありますが、カジモド自身が自分を認め、他の人からも認められる終わり方が、愛に満ちた素晴らしい結末だと思います。終盤で子供がカジモドの顔をなでて抱きしめる場面には、涙が出てしまいます。ディズニーの映画『ノートルダムの鐘』は、夢や魔法の要素は少なく、現実的なストーリー展開ですが、それでもディズニーらしさがちゃんと感じられる作品でした。特に、エスメラルダの最初の歌には感動しました。彼女の歌声からは、彼女の強さと心の美しさが伝わってきました。 音楽の部分も多くのミュージカルシーンで構成されており、特にエスメラルダの歌やノートルダムの歌が印象的でした。映像も美しいカットが多く、特に最後のシーンでノートルダム大聖堂を映す視点が雲の上に上っていく場面が素敵でした。そのため、私は逆の順番でしたが、『塔の上のラプンツェル』と関連付けることもできました。 まあ、人気の理由がよくわかりましたし、さまざまな考えさせられる要素もありました。女性カラー02『ノートルダムの鐘』という作品は、ディズニー映画としては暗く、差別について深く考えさせられるものでした。この作品では、容姿が醜く、大衆から不気味がられるカジモドが主人公となっています。 重要な登場人物は、カジモドの他に差別主義者であるフロロー判事、人種差別を受けるヒロインであるエスメラルダ、そして大衆です。ポジティブな感想としては、差別する人間が醜悪に見えて、まっすぐに生きる人間が健全に見えるということが言えます。しかし、この話はフロローとカジモドの対立だけで語られるわけではありません。差別というのは、強い思想を持った差別主義者だけがするものだけではなく、その思想に煽られた大衆も差別行為をするものです。映画では、お祭りの場面で大衆がカジモドの容姿にネガティブな反応を示し、しかし司会者の誘導によってすぐにはしゃぎ、カジモドを受け入れる姿が描かれています。これは、大衆の意思の弱さを物語っているのです。カジモドが受け入れられ、大衆が喜ぶ場面は美しかったのですが、その美しさの裏には大衆の無関心が感じられました。フロローに従う家来たちも、一人ひとりがどれだけ自らの意思で差別を始めたのか、理由もないようなものでしょう。 人間には、自分たちと違うものを敵視し、怒ることで安心感を得る傾向があります。差別は注意を怠るとすぐに生まれてしまうものです。 遠慮なく言ってしまえば、見た目が醜いと感じるものに対して、我々は本能的に避けたくなる傾向があるのです。また、差別感情を完全になくすことは不可能でしょう。しかし、生まれつき持っている差別を注意深く払しょくしていく努力をするしかないのです。

映画『ノートルダムの鐘』評価は?

評価サイトみんなのシネマ(10点満点)IMDb (10点満点)Filmarks (5点満点)Yahoo!映画 (5点満点)
点数6.747.03.73.8
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