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東京オリンピック競泳に出場の、大橋悠依選手をwiki風にプロフィール、まとめてみました。

【大橋悠依】wiki風プロフィール

本名大橋 悠依(おおはし ゆい)
五輪競技競泳(個人メドレー)
生年月日1995年10月18日
出身地滋賀県彦根市
身長 174cm
学歴滋賀県立草津東高等学校→東洋大学卒
所属事務所・会社イトマン東進
プライベート幼稚園時代に彦根イトマンスイミングスクールで水泳を始める。恩師・奥谷直史さん。
・ニックネームは、ゆいぽん
・学生時に「極度の貧血」が分かり、食生活を改善。
戦績2010年ジュニアオリンピックの女子200m個人メドレーで優勝
・東京オリンピック400m個人メドレー金メダル

【大橋悠依 】競泳の評判 貧血克服してた!

競泳女子400メートル

オリンピック初出場にして、金メダルを獲得した大橋悠依選手。

競泳の女子400メートル個人メドレーの記録は4分32秒08でした。

プールからあがってきた大橋選手の一声は、

自分が金メダルを取れるなんて本当に思っていなかった。まだ夢みたい。嬉しい気持ちと不思議な気持ちでいっぱい。ここに来るまでいろんなことがあった。ダメダメな時期もあって暗くなってしまい、ずっと一人でいるようなこともあった。周りの先生やチームメートが声をかけ続けてくれた。みんなのお陰で取れたメダル。本当に泳いでいてすごい楽しくて、それが本当に自分が水泳をやっているすべて。

自分が金メダルを取れるなんて本当に思っていなかった。まだ夢みたい。」という言葉が、響く。

「ダメダメな時期もあって暗くなってしまい・・・」


大橋悠依選手は大学時代に、泳いでも泳いでも記録が出ない「暗黒期」の時期がありました。

うまく泳げず、なぜか疲れが襲ってくる。そんな自分にもどかしさを感じる。だから、「もう無理です。やめます」「仲間と一緒にいるのもつらい」。メンタル面で、そんな気持ちになってしまいました。

このような心身の状態にあって、地元・彦根の病院での検査をしてもらった結果、「極度の貧血」に陥ってことが分かりました。ずっと体調不良の原因がわからず仕舞いで、精神的苦悩も味わってきたわけです。

結果はわかりました。

貧血という体質から脱却すべく、投薬治療や食生活の改善に取り組み、母の加奈枝さんが、ひじきやハンバーグなど栄養豊富な料理を冷凍してもらって、大学の寮まで送ってもらったといいます。

 

(私ごとですが、すでに中学生の頃に貧血で悩まされていました。月曜の「朝会」とかは、校長先生の長いお話にずっと立ちっぱなしですから、顔色が悪くなったり、しまいにはばったりと倒れたりしていました。「

我慢」に「我慢」、これ本当に危険です。思春期でもあったので、レバーを多く食べてみたり、鉄剤の注射を打ってみたりとやることはやってみました。

なので、大橋選手の境遇や気持ちといい、支え続けた家族(母の加奈枝さん)のことがすごく分かります。

あえて申し上げるならば、選手自らSOSを出すことは大切だ!と思っています。マネージャーや監督の方には、このようなSOSをくみ取って欲しいと、切に願っています。)

競泳女子200メートル


 

競泳の女子200メートル個人メドレーの記録は2分8秒52でした。

日本女子の200メートル個人メドレーでのメダル獲得は史上初。
また、
4泳法の全てを泳ぐ個人メドレーで「二つ」のメダルを獲得したのも初めて。

【大橋悠依 】金メダル・2冠おめでとう!

【大橋悠依 】wiki風プロフィールまとめ!

 

小学3年~高校3年まで大橋悠依選手を指導した奥谷直史さん(現・堅田イトマンスポーツクラブ所長)は、
身体が細くパワーはなかったけれども、抜きん出ていたのは、努力を続けられる「超真面目さ」だったそうで、

 

大橋悠依選手に、

「やってくれて良かった。最後は勝とうと思う気持ちがクロールに出ていた。金メダルを獲ってくれて本当に良かった。200メートルも気持ちよく泳いでほしい」

とコメントを寄せました。

 

ひこにゃんも、奥谷さんも喜んでいますよ!
地元の彦根に戻られましたら、ひこにゃん、恩師・奥谷直史さんとの2ショット、ぜひ見てみたいですね。

 

 

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